日本では戦争中から戦争後にかけて、京都大学にある医学部産婦人科の三林隆吉という教授を中心としたグループが、このプラセンタの研究を行ってきました。
三林教授はある胎盤のあることに注目しました。
それは戦時中というのは食糧事情というのは悪いにも関わらず、胎盤の中にいる子供は食料の供給が良い状態と同じように、すくすくと育つのかという疑問でした。
この問題を、プラセンタが持っている特殊な効果によるメリットだと、三林隆吉教授を中心としたグループは考えました。
まず、臨床による実験を行いました。
どのような実験かというと、プラセンタを加水分解してから、採取したプラセンタエキスを使用して、様々な手法で行いました。
この実験の結果、様々なメリットが、このプラセンタにあることが発見されたことで、内服としての療法の実用化が始まりました。
それ以降、プラセンタを使用した内服療法に関しては、元々、フィラトフが開発した冷蔵による胎盤埋没療法という方法があったのですが、この方法では外科処理でしか使えませんでした。
そこから、久留米大学医学部の稗田健太郎教授は、もう少し単純な手法で、処理ができるように開発したのが、注射薬によるプラセンタの摂取でした。










